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東京高等裁判所 昭和61年(う)682号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検察官大和谷毅が提出した控訴趣意書のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人町出正男、同渡辺千古が連名で提出した答弁書及び同町田正男が提出した上申書のとおりである。

所論は、要するに、原判決は、本件証拠物の押収手続には重大な違法があるからこれを証拠として許容すべきでないとし、関連する鑑定書その他の証拠の証拠能力をも否定した上、残余の証拠によつては本件公訴事実を認めるに足りないとの理由で被告人両名に対し無罪の言渡をしたが、右は関係証拠の取捨を誤り、前提事実を誤認するなどした結果、本件証拠物及びこれに関連する諸証拠の証拠能力につき判断を誤つたものである、との訴訟手続の法令違反の主張である。

一(一)  原判決が、本件証拠物の押収に関する経過として認定したところは、大要、次のとおりである。すなわち、原判示第二現場で、警察官脇本、山中及び笹野は、ライトバンを運転していた被告人Sを停止させ、同人が身に着けていたマイク様のものや、その所持していた無線機及び無線局開設の免許の有無等に関して職務質問をしていたが、間もなく応援の制服警察官二名が到着した時点で、脇本の指示により、山中が腕をねじ上げ、バンドをつかみ、笹野が着衣の襟首をつかむなどして同被告人を強制的に近くの水天宮派出所に連行し、次いで脇本またはその指示を受けた応援警察官が右ライトバンの後方荷台助手席側ドアをあけて荷台内部にいた被告人Oを降車させた上、制服警察官二名が同被告人を右派出所に連行し、その後脇本が右ライトバンの車内を検索してカッターナイフ二本を発見したことから、被告人両名の連行は右刃物の不法な隠匿携帯による軽犯罪法違反の罪の現行犯逮捕と説明することとし、これに引き続く身柄拘束中に、裁判官から電波法違反被疑事件による令状発付を得て本件証拠物を差し押さえた、というのである。

そして、原判決は、被告人両名の右のような連行は身柄の拘束と評価すべきところ、この段階では、カッターナイフは未発見であり、無線機の状態からはいまだ免許の要否が判然としていなかつたから、軽犯罪法違反または電波法違反のいずれによるにせよ、現行犯逮捕の要件は備わつておらず、従つて右身柄拘束は違法であり、これに引き続く違法な身柄拘束中に被告人らの所持品等として差し押さえられた本件証拠物は、裁判官の令状によつて差し押さえられているものの、いずれも違法収集証拠であつて、これらに関連する証拠ともども証拠能力を有しない、としている。

(二)  これに対し、所論は、右逮捕にいたる実際の経緯は、原判示と全く異り、第二現場において、脇本は、被告人Sに対する職務質問により、同人が凶器を所持しているのではないかとの疑いを抱き、確認のためライトバン後部荷台のドアを開くなどしたところ、その内部に被告人Oが坐つており、膝前付近にカッターナイフ一本があるのを発見したので、同女を降車させ、右ナイフの所持目的等について質問したが答えは得られず、次いで後部荷台内部の改造に関して被告人Sに車検証の提示を求める過程で助手席ダッシュボード内に隠匿されていた他のカッターナイフ一本を発見したが、被告人Sも所持目的を明らかにしなかつたため、被告人両名を刃物の不法隠匿携帯による軽犯罪法違反の罪の現行犯人として逮捕することとし、山中、笹野及び制服警察官二名に指示してそれぞれ逮捕させた、というものであつて、この経緯によれば、被告人両名の逮捕及びその後における本件証拠物の押収にはなんらの違法もないのに、原審は証拠の価値判断を誤り、信用性の高い脇本、山中及び笹野の各証言を、首肯しがたい理由を挙げて措信できないとし、かえつて信用に値しない被告人両名の公判供述及び岡田サチ子の証言の一部に依拠した結果、前記のとおり、本件証拠物及びこれに関連する諸証拠の証拠能力を否定する誤りに陥つた、というのである。

(三)  そこで、検討すると、本件証拠物の押収にいたる経緯に関し、原判決が説示する関係証拠の取捨及びこれに基づく事実経過の認定は、記録に照らして肯認しがたく、ひいて所論各証拠の証拠能力についての原判決の判断は維持することができない。

二(一)  原判決は、脇本、山中及び笹野の各証言には多くの点で不自然、不合理があり、相互にそごする部分もあつて措信できないとし、これを敷延して次の諸点を指摘する。

(イ)  まず、第二現場におけるライトバンの停止及び職務質問の開始から被告人Sの逮捕までの時間は約一〇分間と認定すべきところ、右警察官らが証言するような多くの行動が、その程度の時間内でなしうるかどうか疑問である、とし、

(ロ)  また、山中及び笹野の各証言は、脇本が後部荷台のドアを開けたとする時点以降の状況につき、打つて変つてあいまいで大まかとなるばかりか、重要事項を見聞きしていないなど合点のいかない内容を含むようになるのであつて、このことは、現実に後部荷台のドアが開けられた時には、すでに山中及び笹野は被告人Sを連行中で、その場に居なかつたことを示すのではないかとの疑念を抱かせる、とし、その例として、

① 山中及び笹野は、脇本が荷台ドアを開けるところは目撃していないと述べること、

② 笹野は、荷台内部をのぞいて被告人Oの足を見たといいながら、脇本のいう「カッターナイフに注意せよ」との制服警察官の言葉を聞いておらず、同女の膝付近にあつたというカッターナイフにも気付いていないということ、

③ 山中は、荷台のカッターナイフに関する脇本の職務質問の声を聞いたというのに、その方を一度も見なかつたといい、笹野は、脇本がてのひらにカッターナイフをのせ、荷台内部の方に向けてヒラヒラさせながら示しているのを見たと証言するけれども、同人の検察官調書にはそのような供述記載がないことに照らして、この証言の出現過程自体に不審があること、

④ 脇本は、被告人Oが荷台から出て来たときに所持していた無線機やコード類につき免許の有無等を問い質したというのに、山中及び笹野は、そのようなものを目撃したとか、その場で無線機に関する話が出たとかの供述、証言を一切していないこと、

⑤ 山中及び笹野は、荷台からいかなる者が出て来るか関心があつて然るべきであるのに、被告人Oが荷台から出て来るところ、あるいはその直後の姿を見ていないと述べていること、

⑥ 山中及び笹野は、そばにいたというのに、脇本の証言する車検証取り出しの状況を見ていないと証言しており、山中は反対尋問でこれを見たと改めたけれども、検察官調書にその旨の記載はなく、もともと脇本のこの点に関する証言自体が信用できないことにも照らして、右変更後の証言は措信できないこと、

⑦ 山中及び笹野が、ダッシュボード内にあることが発見されたというカッターナイフを見ていないということ、

の諸点を挙げ、

(ハ)  更に、脇本の供述も、その内容に警察官の行動として不自然な事項が多く、真実とは考えられないとし、その例として、

① 脇本は、被告人Oを降車させた際、同被告人が無線機を所持していることに気付いたというが、それならば、そばにいたという山中及び笹野にすぐに告げるのが自然であるのに、右両名はいずれも無線機の存在を知らなかつたように証言するのであるから、脇本が右無線機に気付いた時点には、右両名はすでに第二現場を離れていた疑いがあること、

② 脇本は、被告人Sが車検証提示の求めに応じようとしたというが、同被告人がそれまでの反抗的態度を急に和らげるとは考えられず、車検証の取り出し方についての証言も不自然な内容であるほか、変遷があつて不審であること、

③ 脇本が、ダッシュボード内にあるカッターナイフを発見しながら、これを手中に確保し、あるいは被告人Sに示すなどしていないのは、凶器を発見した警察官の行動として不自然であること、

④ カッターナイフ二本の発見により、他にも凶器のある疑いを生じたはずなのに、脇本が被告人らに対し、現場でその点についての質問や「外表検査」をした形跡がないこと、

⑤ 脇本の指示によつて笹野が作成したという現行犯人逮捕手続書添付の図面に記載されている荷台のカッターナイフの発見位置は、脇本の証言するところとは大きくくいちがつていること、

などの諸点を挙げるのである。

(二)  しかしながら、原判決の右判断は、必ずしも当然とはいえないことを当然の前提とし、あるいは証人に対する執拗な、時には誤導にわたる疑いすらあるような尋問の末にようやくひき出された片言隻句にとらわれ、これを過大に評価するなど、それ自体疑問の余地が少なくないばかりか、関係証拠によつて認めることのできる第一現場における本件ライトバンの発見から第二現場における本件逮捕にいたるまでの客観的な事態推移の大筋及び各証言全体の趣旨並びに流れをも考えあわせるときは、いずれも各証言を正当に評価するものとはいいがたい。以下、原判示に即して検討を加える。

(イ)  まず、第二現場における職務質問は、かなり緊迫した雰囲気のうちに矢継早になされ、警察官らも敏活に行動したことがうかがわれるのであつて、証言される諸行動が一〇分程度の時間内にできなかつたと断定するのは疑問である上、もともと職務質問開始から逮捕までの時間について別段客観的な不動の根拠があるわけではなく、何度も繰り返された尋問の末にようやく得られた、強いていえばそれくらいではなかつたかという程度の、不確かな時間の感覚と記憶に基づく警察官らの証言によつて認定するほかはないのであるから、右時間を一〇分くらいと限定する原判決の前提自体にも問題がある。現に、原判決が第三者である目撃者として信用したとみられる岡田サチ子は、本件ライトバンは第二現場に「長いこと」止まつていて、運転手と男の人が話をしていた旨、繰り返し証言しているのである。

(ロ)  また、原判決は、脇本が後部荷台のドアを開けた時点以降の状況に関する山中及び笹野の証言を問題とするけれども、脇本が運転席のそばから後部荷台の方に移動したことにより、それまで運転席わきの被告人Sのみを対象としていた職務質問が、いわば二手にわかれることとなり、一段と緊迫の度合を加えた中で、山中は、非協力的、反抗的態度をあらわにしている被告人Sに対する職務質問を継続するとともにその行動を監視し、笹野は主として周辺の警戒にあたるなど、おのずから任務を分担するにいたつたというのであるから、そのような状況下において、山中及び笹野が、脇本の行動やその結果、あるいは応援警察官の動きや発言等をいちいち注視、観察ないし聴取していないことはなんら怪しむに足りず、これをもつて、その時点に右両名がその場にいなかつたのではないかと疑う事由とするのははなはだ早計に失する。原判決は、山中及び笹野が、警察官として、過激派と見た者を相手に、少なからず緊迫した空気の中で、自己の分担する当面の役割に注意力を集中し、それぞれの任務を遂行していた状況を看過し、両名があたかも局外の観察者ででもあるかのように考えているというべきである。

以下、原判決の挙げる諸点について考えると、

① 山中及び笹野が脇本による後部ドアの開扉を目撃していないという点は、右に述べたところに照らして別段不自然ではなく、

② 笹野がカッターナイフに関する制服警察官の言葉を耳にせず、ナイフにも気付かなかつたとの点は、前記の状況のほか、証拠上、この言葉は大声叱呼されたものではなく、むしろ耳打ちに近いものであり、かつ、第二現場は交通量も多く騒音の激しい地点であつたとうかがわれること、また、笹野が荷台内部をのぞいた位置は、被告人Oの坐つている足は見えても膝前までは見えないところであつたと認められることなどに徴して格別怪しむに足りず、

③ 山中は、前記のとおりの緊迫感の中で、被告人Sを監視し、その動向に注意を集中していたのであるから、荷台のカッターナイフに関する脇本の質問の声が耳に入つたからといつて、被告人Sから視線をそらし、荷台の方を見るようなことをしなかつたのは十分に理解でき、また、笹野の検察官調書は、作成の日時、同人の本件職務質問及び逮捕における従属的地位、並びに録取されている事項が全体として比較的簡略かつ概括的であることなどに照らし、すでに作成されている主導的立場にあつた脇本及び山中の検察官調書を補充する程度のものとして、供述の大要のみを録取するにとどめたものであることがうかがわれるから、この調書に録取されていない事項はすべて検察官に対して述べられていないかのようにいい、これを前提として、先行の脇本証言にも出ていない情景を臨場感、迫真性豊かに述べる笹野証言につき、その出現過程を云々する原判決の判断は、皮相の見解であつて当を得たものとはいえず、

④ 山中及び笹野が、被告人O所持にかかる無線機等を目撃していないことは、前記のとおり、各自が別個の職務を分担遂行していたこと及び右無線機等が同被告人携帯のバッグ内に隠匿されていたものであることを考えれば別段不審とするに足りず、その場で無線機の話が出ていないというのも、後記のとおり、脇本は両名にその話をしていないと認められるのであるから、あたり前のことであり、

⑤ 山中及び笹野が、被告人Oの出現ないしその直後の姿を見ていないことは、両名が各自の職務を分担して行動していた警察官であつたことを考えれば、なんら不可解ではなく、

⑥ 脇本の車検証取り出しの目撃の点は、笹野が警察官三名中の末席者であり、そのころには自分は主として周辺の警戒にあたつていたとの同人の証言は首肯するに足りるから、そのような立場の同人が右の事実をたまたま見ていなかつたことに別段疑問はなく、また、山中が、公判廷での尋問に応じ、その状況をしだいに想起してした証言は、この点についての脇本証言が後記のとおり信用できることとあいまち、十分に措信でき、かつ、これは単に経過的な事項にすぎないから、山中の検察官調書にその旨の記載がなくても同人の右証言の信用性になんら影響を及ぼすものでなく、

⑦ 山中及び笹野が、ダッシュボードのカッターナイフを見ていないのは、第二現場ではカッターナイフをダッシュボードから取り出していないとの脇本証言が優に措信できること、後記のとおりであることに照らし、問題とするに足りない。

以上のとおり、原判決が、後部荷台ドア開扉以後の状況に関する山中及び笹野の証言を措信しない根拠の例として挙げた諸点は、いずれもなんら原判決のいうように合点のいかないものではなく、その他、記録を精査してみても、両名の証言の信用性を疑うべき事由は存在しない。

(ハ)  更に、脇本の証言について原判決が疑問とする諸点を検討すると、

① 脇本は、当時、警察官三名中の指揮者として、山中及び笹野からその知り得た事項につき報告を受けることはあつても、自己の見聞をいちいち右両名に告げる必要のない立場にあつたばかりか、その時点では、電波法違反は現行犯逮捕になじまないと考えていたというのであり、その後の脇本の行動も、荷台の内部が改造されていることとカッターナイフが発見されたことに力を入れるようになつたことがうかがわれるのであるから、無線機らしいものが目に入つたからといつて、それをその時点で直ちに右両名に告げなかつたことを特に不自然とし、これを同人の証言の信用性を疑うべき根拠の一つとするにあたらず、

② 被告人Sの車検証提示につき、これをもつて反抗的態度を和らげ協力的になつたものとする原判決は、その前提がすでに失当であつて、同被告人の公判供述をも参照すれば、その提示を拒絶すると、あらたに備付懈怠の嫌疑を受け、一段と不利な状況になるおそれがあるところから、これを避けるため、さきに運転免許証提示の求めにたやすく応じたのと同様の行動に出たものにすぎないことが認められ、さらにダッシュボード内にはカッターナイフが隠匿してあるところから、車検証取り出しに手間取るように装い、その隠匿をはかつていたこともうかがわれるのであつて、脇本の証言内容はこのような状況に照らしてなんら不自然なものというにあたらない上、この点に関し、原判決は、脇本のいうところに変遷があつて不審であるとするけれども、車検証の取り出し方如何は経過的な事項にすぎないから、検察官調書にその旨の記載がないのは、本件捜査に際し脇本を取り調べた検察官が、これを別段重要なこととも考えず、調書に詳しい録取をしなかつたものとみて無理がなく、公判段階でにわかにこまごまと証言を求められた脇本の供述が、当初の概括的な中間省略ともいうべきものから、最終的な、いわば被告人Sと一緒に取り出した旨の詳しい具体的なものへとしだいに発展していつたことはむしろ自然な流れであつて、この経過が脇本証言の信用性を減殺する理由となるとは考えがたく、

③ ライトバン助手席のダッシュボード内から発見されたカッターナイフは、被告人Sがいわば観念して隠匿をあきらめ、関知しない態度を示しており、他にこれを奪つたり、これで危険な行動に及びそうな者がいたわけでもない当時の状況下では、直ちに取り出して手中に確保する必要もなく、むしろとりあえずそのままにしておくことが犯跡保存のために有益であつたともいえ、これを原判決のように警察官の行動としていかにも不自然というのは理解に苦しむところであり、

④ 発見されたカッターナイフ二本は、もともと被告人らが身につけていたのではない上、被告人らはその所持にかかるものであることすら認めず、その存在に関知しないことを装つていたというのであるから、他の凶器の有無などについて質問してみても答えが得られるわけもなく、また、それだけの配慮のある被告人らが、なおそのほかにも凶器のたぐいを身につけているとは考えられないのであるから、「他にも凶器のある疑いを生じたはず」との原判断には疑問があり、他の凶器に関する質問や「外表検査」をしなかつたこともなんら不審とするに足りず、

⑤ 原判決指摘の図面は、その標題どおり、カッターナイフ発見位置の大体を示す「略図」であり、そのことは、証拠上、ダッシュボードの内部にあつたことに疑いのない第二のカッターナイフの発見位置も、別段「内部」などと表示せず、おおむねそれと認められる位置に無造作に記入されているだけであることからも知り得るばかりでなく、右「略図」が被告人らの逮捕直後にあわただしく作成されたものであることも明らかであるから、自己の体験に基づいて記入していたのではない笹野が、脇本の指示を十分に理解しないまま第一のカッターナイフの発見位置についてやや不正確な記入をし、脇本も、その点の点検が十全ではなかつたためこれを看過したとしても不思議ではなく、右図面記載をもつて、脇本と山中が互にその見聞したところを確認し合いながら作成したという現行犯人逮捕手続書の本文によつて支持される脇本証言の信用性を疑う根拠とすることは当を得ないとすべきである。

それ故、原判決が脇本の証言の信用性を疑うべき問題点として挙げたところは、いずれも問題とするに足りないものであり、更に記録を精査しても、同証言の信用性に疑問を抱くべき理由は見出せない。

三(一)  次に、本件逮捕の経緯につき、まず被告人Sが連行され、その後に被告人Oが発見連行されたものであり、かつ、カッターナイフ二本は、いずれも両名の連行以前には発見されていないとする被告人両名の公判供述について考えると、原判決がこれを信用すべきものとしたのは、①右供述の骨子が、被告人両名の勾留に対する準抗告申立書の各記載や、勾留理由開示の際のSの意見等からもうかがわれるように、接見禁止となつていた当初から、被告人両名の一致、一貫して主張しているところと同一である、とし、②この主張はまた、のちに全くの第三者である岡田サチ子がした証言によつて裏付けられている、としたことによる。

(二)  しかしながら、①右各準抗告申立書はいずれも同一弁護人が作成した全文同一のものであり、勾留理由開示の際に逮捕までの事実関係を述べたのは被告人Sだけなのであるから、この段階での被告人両名の主張が「一致」しているといえるかどうか問題であり、その後の両名の公判供述と十分に一貫しているともいい難いので、原判断はすでにこの点において失当であるばかりか、②右供述の裏付けとなるという岡田サチ子の証言についてみると、同人は、第三者と目される者ではあるけれども、第二現場近くの菓子店の店頭で商品であるせんべいの袋詰めをしながら時々本件ライトバンの方をべつ見していただけの者であり、その観察自体多くの信を措き難いのみならず、言語的表現力もかなり乏しい模様で、しばしば問いと答えがかみあわず、趣旨分明を欠く供述も多く、証言内容も、のちに聞き知つたところと直接認識したところとの区別が判然としないなど、その記銘の正確性に少なからぬ疑問を抱かせるものであつて、その評価には十分な慎重さを必要とするのであるが、この観点から記録を精査すると、前記のライトバン停車時間に関する点のほかは、「男の人が二人、ライトバンの少し先を水天宮交差点の方へ歩いて行くのを見た」ことと、「その後しばらくしてやつて来た制服警察官がライトバンの荷台を開けたら中から女の人が出て来たので驚いたが、女の人はその制服警察官が連れて行つた」ことが採り得べき証言の骨子であるところ、右のような、「男の人二人が歩いて行く」との状況は、警察官らの証言及び被告人Sの供述が一致し、原判決も認定、判示しているような、「山中が被告人Sの左腕をねじ上げ、バンドをつかみ、笹野が着衣の襟首付近をつかんで、抵抗する同被告人を強制的に連行した」という連行の態様とは全く異つている上、「その後しばらくして制服警察官が来た」というのであるから「応援の制服警察官が到着した時点で被告人Sが連行された」との被告人らの主張ともくいちがつており、これらの点を考えあわせると、岡田サチ子の見たのは被告人Sが連行される情景ではない、とするほかはなく、また同人が、「女の人が荷台の中から出て来た」とき、「その付近には一〇人くらいの人がいた」と述べる点は、むしろ「被告人Oが荷台から出て来たときには、被告人Sも、山中、笹野も、なおその場にいた」とする警察官らの証言を裏付けるものであり、結局、被告人Oが荷台から出て来たのは被告人Sが山中、笹野に連行されたのちであるとする被告人両名の供述が岡田証言によつて裏付けられているとは到底いえないのである。

しかも、逮捕の状況として被告人両名の述べるところによれば、被告人Sは、第二現場で、脇本を指揮者とする三名の警察官から、運転免許証や無線機について職務質問を受けていたところ、刃物の発見というような新たな事態の発生もなく、脇本が指示したわけでもないのに、突然、山中及び笹野によつて派出所に連行され、その後、被告人Oが、刃物の発見もなく、住所氏名等を問われることすらないまま、制服警察官によつて派出所に連行されたというのであつて、その供述する警察官らの行動は、もし刃物などがなかつた場合のことを考えれば、あまりにも唐突かつ性急で不合理な感を免れず、逆に脇本らの供述するような、職務質問中にカッターナイフが二本も発見されるに及んで逮捕に踏み切つた、という経過のほうこそ、はるかに自然な成り行きと思われ、被告人両名の右供述は、いかにも措信しがたいところである。

そのほか、原判決も措信しなかつた部分を含め、第一現場における警察官三名との遭遇以降、本件逮捕にいたるまでの経緯全般にわたり、被告人両名の供述には不自然不明確な点が多く、全体として到底信用に値しない。

四右のとおり、原審が脇本、山中及び笹野の各証言を信用しない理由として判示するところはいずれも失当であり、かえつて、本件証拠を通観すれば、右三名の証言はいずれも措信するに足りるものであることが認められ、これに反する被告人両名の公判供述は、それ自体措信しがたいばかりか、原判決のいうように岡田サチ子の供述によつて裏付けられているわけでもない。

それ故、本件証拠物の押収にいたる経緯につき、警察官らの証言を措信せず、被告人らの供述に依拠して前記のような事実経過を認定し、これに基づいて本件証拠物及びその他の所論各証拠の証拠能力を否定した原判決は、証拠の取捨を誤り、前提事実を誤認した結果、右各証拠の証拠能力についての判断を誤つたもので、原判決にはこの点において所論のような訴訟手続の法令違反があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文に従い、事件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田穰一 裁判官田尾勇 裁判官中野保昭)

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